2025.11.29
なんか最近やばいな。絶望的に人間関係がダメになってきている。ダメというのは、相手を知ろうとか寄り添おうとか、そういう気持ちが自分にないという方面でのダメというやつで。自分が人としてヤバいな的なニュアンスのダメ、なわけで。各々の大変アピールに内心ため息ついて、自分もそれなりに大変な事だってたくさんあるけど、別にみんなに分かち合わなくてもどうにかこうにかやっているのに。なんで。という感情が止まらなくて。
同情して欲しいだとか、励ましてほしいとかじゃないけれど、このなんで、と思ってしまう感情が分からなくて、モヤモヤして、インターネットでぼんやり検索するなどしていたけれど、もうそんなのじゃ追いつかなくなってきて、また言葉を探して久しぶりに読書するなどしている。
そうじゃない、そうじゃないって口にするけれど、今は少し前よりも毎日がずっと楽しくてこれくらいのつらさしか無いと言えばそれまでなのだけれど。
あーやっぱりどこかで、頑張ってるよ大変だったね色々と、と言われたい自分がいるのかもしれないな。
2025.10 いつのまにかまた、季節も変わって
気がついたらはてなブログを始めて10年経っていた。
長く長く暗いトンネルから、自分なりにゆっくりと、しかし確かに歩いてきたから今なのだと思う。
これまで、誰かといても誰とも分かり合えた気がしなかった。たくさんの人が周りにいてもどこにも居場所が無いような、誰にも見つけられず、望んで生まれてきたわけでもないのにと、自分がこの先どうなりたいのか分からず、嫌いな人、物、事が増えていくばかりで、もがいては周囲を見渡して人としてギリギリはみ出さない最低ラインで、普通を探して、やっぱり分からなくて。
何も出来ない自分なりに、吠えながら、噛みつきながら、転がって、嫌々ながら親の言う事を聞いて。
でもそんな日々ももう一旦おしまいです。お疲れ様でした。直近では自分はあまり頑張ってないけれど。
頑張ってた時もあったから、もっとあーすれば、こーすればも無い。別に誰かに話す事も無いけれど、出来ないなりにやれる事はやってきたし、ちょっとその辺の人よりは色々やってたと思う。
なんて激動の数ヶ月だったんだろう。なんだか詳しくは書きたくないから書かないけれど。
生きてたら、色々あるけど、最近肩の荷をおろせたという感覚があり、少し落ち着きました。
また何かの節目に。たまには辛くない話でも書けたら良いのだけれど。
2024.1.5
休暇が始まって一週間くらい経ったのだろうか。引きこもり記録は現在4日目。こんなに長い休みは久しぶり。最近卑屈な考えを起こすときは、だいたい昔のことを思い返した時。過去をほじくりかえして、かわいそうだったね、と言われたいのかというとそういうわけではないのだけれど、あの手この手で悲劇のヒロインに陥りそうになる。早く日常に戻らねば。戻る場所があるのはありがたいが、きちんと朝に起きられるだろうか。始まってしまえば、起きられるのだろうけれど。気が付けば今の職場になって5年くらい経っただろうか。周囲の人々は随分入れ替わって。最初はメールの文章を作るにもコピペしたりネットで調べたり、挙句に誰かに校正してもらって。今でも確かにスピーディーではないかもしれないけれど、誰かに校正してもらえるほどの時間や人員の余裕はすっかり無くなってしまった。もっぱら自分が誰かに茶々を入れる事が増えたかもしれない。段々と色々な事が当たり前になってきたせいか、少しずつ責任も増えてきて。やっぱり責任ってなんだか苦手。ふと嫌になってその気もないのに求人を探してみて、その昔やってたはずの専門職よりも今はそれなりに給料を貰えてるらしいことを気づかされて。今も決して楽な仕事ではないけれど、当時はそれなりに辛かった事が多かったから、改めてあの時のあの仕事の価値がもっと上がってほしいと未だに陰ながら願うなどそんなとりとめのないことばかりを考えて、またなんとなく波風立たずに一年が過ぎ去っていくのだろうか。
せめて悲劇のヒロインだったら
某月某日。
本当に親をシャットアウトしてしまった。
2年前のある日、全部が嫌になってしまって、実家を出た。それからも完全に絶縁できなくて、なんとなく連絡は取っていたけれど、なんかもう、全部嫌になってしまって拒絶してしまった。他人が聞いたらなんて最低なんだと思うんだろう。けれど、誰からどう思われたって年々どうでもよくなってきた。どうせ誰にもこんな話はしないし、相も変わらず普通の家族で育ったふりをしていくだけだ。
それなりに歳を重ねてきたから、周囲でも身内の不幸だの体調が悪いだのの話が目立つようになってきた。こんな事言うと本当に、親不孝だって世間から石を投げつけられたとしても仕方ないのだろうけれど、いっそのこと両親が存在しなければ、こんなに悩む事もないのにと考える。いつも中途半端に苦しい状況だから、いまいち悲劇のヒロインにはなれない。自分より大変な人なんかいっぱいいる。そうやって誰にも言えない自分だけのなんとなくつらい気持ちが重なって積みあがって、気が付けば最近の不平不満は、子どもの頃にうまく言語化できなかった親へ憎しみばかりだ。別にこんな大人になりたかったわけじゃないのに。頑張っていきてるつもりだし、今はもうそんなに孤独で苦しくてしんでしまいたくなる夜はだいぶ減って、誰にも言えない気持ちをこっそり書き綴って広い海に流すこともすっかり減ってしまった。
せめてこのままさみしいを突き詰めて、天涯孤独の悲劇のヒロインになれていたら、周囲の同情を糧に、こんなにもひねくれる事も無くいきていけていただろうか?だが、果たしてそんな自分になりたいのだろうか。
きっと別にそんなことはなくて。悲劇的なコンテンツで誰かに認められたいのではなく、普通に頑張っていきている自分をただただ認めてほしいだけなのだ。きっとそう。
会話して分かり合えない人たちを、ずっと血縁補正だけで大事にしろと刷り込まれていきてきて、それなりにやってきたけれど、もう疲れちゃった。世間の目とか、常識とか、なんかもうどうでもよくて。自分のための人生なのに、ずっと自分はそこに無くて、結局は親のために、介護要員っていうか。そんな感じで生まれて生涯終えていくのは嫌だなって。何十年もいきてんのにさ、そういう自我がやっとここ数年で芽生えてきた。
って話、前にもここでしたのかな。時折考えてはつらくなって、やっぱり誰にも言えなくて、結局広い海に書き綴って流すよね。
2023.07.09
久しぶりにこの、もうだめかも分からんという感情。
本当の気持ちを言いすぎてしまって気まずい。でも、言わないという選択肢は無かったし、曖昧なままで歯車が噛み合ってないまま、それっぽく動いて日々が過ぎていくのも良くない。
きっと今が、人生の大事な場面なのだ。
あの時一瞬でも幸せだなぁって思った感情が『どうやら夢の出来事だった』だなんて
言いたくないよ、本当は。でもうまくいかなかったら勘違いだったみたい、って笑って。なかった事にもできる。自分はそういうとこある。そういう事ができる、いつまで経っても優しくて素直な良い子なのだ。
2023.06
激動だったなー、6月。
楽しい事も、そうじゃない事もありすぎた。
ここのところ久しぶりに、嫌われないように周りの顔色伺って過ごしてる自分がいた事に気がつく。
これってやっぱりめちゃくちゃしんどい。嫌われない人なんて、いないのにね。
恋人がいてほんとうによかった。所謂幸福に甘やかされて、人間関係に傷付くって最近なかったけど、なんだか久しぶりに傷ついちゃった。
それでも腐らず、なんとか生きていられるのは、世界のどこかにたったひとりいつも自分の味方でいてくれる人が出来たからだよ、きっとね。
祝日が嫌いだった
大型連休が嫌いだった。
実家で家族が揃うと楽しくない思い出しか無かったから。仲良くないくせに、家族のふりをしようと、わざわざ遠出を企画するし、最悪だった。事前に企画しても母親以外予定通りに起きて行動した試しがない。起きなくてまず喧嘩。予定通りに出発出来なくて喧嘩。車の中で喧嘩。混んでて喧嘩。ついてもやる事決めてなくて喧嘩。疲れて帰りたくなって喧嘩。夕飯どうするかで喧嘩。とにかく楽しくなかった思い出しかない。
大人になって、家族で出かける事はなくなったけれど、自分が非正規雇用歴が長すぎて、時給で雇われていたものだから、祝日休みの会社たと単純に給料が少なくて休む事は全然嬉しく無かった。祝日が多いと翌月の給料は目に見えて減った。心がすさんだ。
世の中の人たちは、大型連休になるとみんな揃って浮かれて。それがどうしようもなく妬ましかった。
帰る家も無くなって、非正規雇用でもなくなった今でも相変わらず、なんとなく浮かれモードに乗り切れず惰眠を貪る休日を過ごしている。
人も多いだろうし、何処かに行く気にもなれない。飼っている生き物もいるし遠出もちょっとな。気兼ねなく過ごせる家があるだけ良いのにないものねだりしてしまう。
誰の目も気にせず、誰と言い争う事もなく、穏やかな休日が過ごせるようになった、それだけで十分なのに。祝日で時間があるばっかりに、昔の事とかほじくり返して考えなくて良い事を考えてしまう。まだちょっと好きには遠い。