言えなかったことをここに書く

ほんとはあの時言えたらよかったんだけど。

2018.5.21

ほんとうはいつも、穏やかな人でいたかった。

静かな人と話すと、いつも自分が落ち着きがなくてワーッと喋るし、うるさい事に落ち込む。そして反省して出来るだけ穏やかに、落ち着いて、大人しく話すように気をつけるのだけれど、カッとなるともうダメ。

本当の自分は全然器用じゃなくて失敗ばかりで、出来るフリばかりしてしまうけど何にも出来なくて、そんな自分がいやで、イヤで嫌で。悲しくなってしまう。

頑張ろうとやってみるけど、空回りかな。頑張ってるって誰かに認められたいけど、なにも結果出せてない。サボってる事も多いし全然自信なんか持てなくて、はやく思い通りの結果を出さないと自己肯定感が消え失せてまた誰にも連絡とれなくなっちゃいそうだ。



花は盛りに

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そりゃあ満開が一番美しいのかもしれないけれど、散り際にだって良い所があって


小さい子どもたちが、落ちた花びらを拾ってパラパラと宙に舞わせる光景が楽しそうだし、きれいで。そんな楽しみ方思いつきもしなかったから衝撃的だった。


何事も出来ればなるべく批判なんてせず生きていたいね、良いところを見つけて大切にしていたいよね。そう再確認した今日この頃。


揺蕩っていたいけど。

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変わることはとても苦手で怖いことだけれど。変わらなきゃってもう何年も思ってる。

同じ職場、いつもの仕事、いつものお客さん。だいたいの事、もうわかってる。知ってる。いつものルーティン。

変わらない職場の体制に飽き飽きして、でもそれってたぶんぬるま湯みたいで心地よくって。いつまでも浸かってる自分がいやで。嫌で嫌で。

でも決定打なんかなくて。やりたい仕事、やれるか自信なくて迷って。応募期間ギリギリに応募して、いつも落ちて。

そうやってもう5年も経ってしまった。ぬるま湯でぐでんぐでんになってる間にわたしの周りで転職した子なんて、何人もいる。

次こそ決めたいな。変わらない空間で甘やかされた自分にさよならはすごく勇気がいることだけど

最近はまってやってるRPGみたいに、一つずつタスクをこなして、レベル上げていかなきゃ先に進めないんだなあって

気付いちゃったから、強くなるためにがんばるね。

正気の沙汰じゃない

体調が優れず、なにもやる気がおきない

人との連絡も億劫だけど、誰とも話したくないし顔もあわせたくないけれど明日は月曜日。昨日、人との約束をドタキャンしてしまい、猛省している。前日に春服も買って出かける気満々だったのに、恥ずかしながら排便ショックを起こし、やっとの事で這い起きて窓を開けると寒すぎて、ああもうだめだ、って思ってしまった。

自分にめちゃくちゃ甘いので、今日も「具合が悪い」の魔法をかけてずっと寝ていた。

日々生産性がああだこうだと言われながら、安い時給で働いて、実際目に見える結果では何も残せず

人生なにしにやってきたんだろう。あの頃に戻りたいなんて、ダサくてかっこ悪くって大嫌いな言葉だけれど、あの頃通いたかった学校の名前を見聞きすると、いまだに心がざわつく。ティーンエイジャーだった頃からもう十年以上経つ。

このまま世界に何も残せず、ゴミ屑みたいな醜態ばかり排出してしぶとく生きていくのだろうか。そして、そんな自分がつらくってイタくって目の前が真っ暗になって倒れこんじゃうのかな。

そう思うとしんどくてしんどくて、花粉なのか風邪なのか哀しいのか、もうなんか感情がぐだぐだでわからないけれど泣きたくなった。

もう人前で泣きたくない。

おとなになったら人前で泣かないって思ってたけど、我慢できなくて時々泣いてしまった。

最近また自分を甘やかして人前でめそめそしていたら、また誰かに嫌われてしまったから、もうほんとにいや。

その話を飲みに行った知人にしたら、「それはめんどくさいな」と言われたからわたしはやっぱりめんどくさい女なのだ。

めんどくさいと思われないようにつつましいフリして生きてきたけどめんどくさいやつなのです

なかなか一般社会に溶け込めないね。

春なのに、どうしてこんなに寒いんだろう。

僕が旅に出る理由

ジョゼと虎と魚たち』を観た。

わたしは出来れば、物語の登場人物には幸せでいてほしくて。

誰かと結ばれて幸せに暮らしました。が一般的な幸せの定義だとしたら、この映画の結末は幸せじゃなかったのかな。

誰かと一緒じゃなくてもすいすいと前に進んで生きていけるんだって姿がなぜか少し苦しくて。自力で生きていけるのが、わたし自身の理想的な生き方なんだけど。

映画の中のかよわい女の子には、強い男の子に背負われて生きていてくれたらよかったのにって、夢を見てしまった。綺麗なお伽話とは違う、リアルな結末に胸が痛い。

2018.3.28

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いつのまにか春は来て、当たり前みたいに桜の木を見上げる。ひとりで見ても開花した桜はとてもきれいで、変わらずずっと好きだ。

季節に特別な思入れなんてないのに、そわそわ楽しそうにしている人たちを尻目になぜだか少しだけ憂鬱だった。進学する人や就職する人、みんなめでたくて。口先でおめでとうなんて言うけれど心の底から言えてるのかなあ。

ぼーっと考えていたら気づいてしまった。新しい季節。始まりの季節なのに、なんだかイマイチ変わらない自分が嫌になっている事。それでも、ダメなりに生きていかないんだけど

頑張れてないけど、弱音ばかり吐いてしまうよ。ああ、がんばらなきゃな。今日もまた、自分で自分を応援してるよ。


今週のお題「お花見」

ひとりでいきてる

結婚したい人がずっと不思議だった。

結婚願望がなさすぎて、結婚したくない理由をよく聞かれるのだけれど。結婚したら、子どもができたら、自分の人生が終わってしまう気がするから。とだいたい答える。これは半分本当だけど、半分うそ。

苦労してる人を見てき過ぎて自分にはハードル高いなって思うのがたぶん本当。なにもかもハードル高すぎる。自分自身が子供だからかなあ、とも思ってたけど

さっきふと気づかされた。

わたしは自分のためだけに人生生きているんだなあ、って。